ロボットの出てくるテレビや映画を一度も観たことがない、という日本人はほとんどいないのではなかろうか。日本は「鉄腕アトム」や「鉄人28号」を生んだ国である。産業用ロボットでは世界をリードしているし、民生用でもホンダの「ASIMO」を筆頭に画期的なロボットを数多く生み出している、世界に冠たるロボット大国であることはご承知のとおりだ。ロボットに親近感を抱く点で日本人は世界屈指だろう。
この8月にはロボット宇宙飛行士が宇宙に旅立つというので話題になっている。東京大学先端科学技術研究センター(東大先端研)やトヨタ自動車などが、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の協力のもとに開発した「KIROBO(キロボ)」というのがそれ。8月4日打ち上げ予定のH-ⅡBロケット4号機に搭載される宇宙ステーション補給機「こうのとり」4号機に"乗り込み"、2014年末まで国際宇宙ステーション(ISS)に滞在する予定という。
KIROBOは身長34センチ、体重1kgと小型だが、話しかけられた言葉を認識し、意味や使い方を学習するようプログラムされていて、人との会話が可能。蓄積された記憶をもとに会話の内容を類推して何通りもの返事をすることも、画像認識技術を駆使して人の顔を記憶、判別することもできる。
このタイプ(コミュニケーションロボット)の代表格として10年ほど前にNECが開発した「PaPeRo(パペロ)」がある。当時でもかなりのレベルに達していたから、KIROBOはさらに高いコミュニケーション能力を発揮してくれるだろう。KIROBOの製作を担当した東大先端研の高橋智隆特任准教授は「15年以内に1人が1台のロボットと暮らす生活を実現したい」と語っている。
ロボットの未来について日本経済新聞で、作家の瀬名秀明さんにインタビューしたことがある。瀬名さんは東北大学大学院在学中の1995年、ミトコンドリア遺伝子の反乱を描いた小説『パラサイト・イヴ』(第2回日本ホラー小説大賞)で作家デビューし、2011年から2013年まで第16代日本SF作家クラブ会長を務めている。インタビュー当時(2005年)は経済産業省の次世代ロボットビジョン懇談会のメンバーでもあった。
東京・大手町にある日本経済新聞社の上層階の一室にやってきた瀬名さんはセーターを着たリラックスした格好で、少壮の研究者といった雰囲気を漂わせていた(少壮は30歳くらいまでをさすらしいので、当時三十代後半だった瀬名さん(1968年1月生まれ)に使うのは不適切かもしれないが、ともかくそんな印象だった)。
なるほど、この人がパラサイト・イヴの作者か...と思いながら挨拶すると「VR革命、読みました」と言われ、驚いた。拙著『VR革命』(オーム社刊)はヴァーチャルリアリティに関する本なのだが、どちらかというとマイナーな分野であり、刷り部数も限られていたので、読者に直接お目にかかる機会があるとは思っていなかった。驚くと同時に嬉しくもあったが、そうした細部にまで目を光らせていることに畏敬の念を感じた。
ロボット産業について瀬名さんは「民生用は2003年くらいまで、鉄腕アトムに代表されるエンターテインメントロボットが中心だったが、高齢化社会への加速を背景に、もっと大人にちゃんと使ってもらえるロボットが必要との考え方に変わってきている」という。
ただしそれには、例えばヒューマノイド総合会社のようなものが全国展開され、ユーザーは購入したロボットをその会社に持ち込んで自分用にモディファイできる。各種のモジュールを付け替えたり、個々の家庭や会社が使いやすいようにプログラミングし、修理や中古ロボットの下取りもしてくれる――といった社会インフラの整備が必要と瀬名さんは語る。ロボットの規格統一も普及には欠かせない。
「高齢化社会への対応は、ロボットのキラー(決め手となる)コンテンツとしては評価できると思います。また、今後不足する労働力を補う手段の一つとしても、ロボットは大いに役立ちますよ」
いま介護ロボットが増えつつあるのは、高齢社会対応のキラーコンテンツとして有望であることの証であろう。厚生労働省は平成24年11月、「ロボット技術の介護利用における重点分野」を策定している。それによると、以下の4分野5項目が挙げられている。
①移乗介助
・ロボット技術を用いて介助者のパワーアシストを行なう装着型の機器
・ロボット技術を用いて介助者による抱え上げ動作のパワーアシストを行なう非装着型の
機器
②移動支援
・高齢者等の外出をサポートし、荷物等を安全に運搬できるロボット技術を用いた歩行支援
機器
③排泄支援
・排泄物の処理にロボット技術を用いた設置位置の調整可能なトイレ
④認知症者の見守り
・介護施設において使用する、センサーや外部通信機能を備えたロボット技術を用いた機
器のプラットフォーム
ご存知の方も少なくないと思うが、これらに対応したロボットは既に世に出ている。代表的なロボットを挙げると、移乗介助の装着型ではCYBERDYNE社の「ロボットスーツHAL」、非装着型では日本ロジックマシンの「百合菜」、移動支援ではパナソニックの「ロボティックベッド」、排泄支援ではユニチャームヒューマンケアの「ヒューマニー」、見守りではテムザックの「ロボリア」がある。
これらはほんの一例で、介護関連ロボットの研究開発は大学や研究機関、企業でも進んでいる。経済産業省やNEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)も支援に乗り出しているから、今後、拍車がかかることは間違いない。
普及のカギは、やはり社会インフラの整備だろう。「社会インフラ」は、瀬名さんが指摘するようなロボット関連企業の充実やロボットの規格統一にとどまらない。いま、医療と介護の連携の必要性が指摘され、取り組みも始まっているが、仄聞するところによると、介護ロボットに関する医療側の不信や抵抗は相当に強いものがあるらしい。介護ロボット普及の真のカギはそこかも知れない。